Revised “Story” (in Japanese)
Friday, November 20, 2015

I've revised and updated this to try to give it a more intimate and narrative feel.  I know there are a couple places that are still a little rough, but this is what I have so far.

わたしはクリスチャン。子供こどもとき、よく教会きょうかいった。しかし、わたし家族かぞくかみについて全然ぜんぜんはなさなかった。わたしこころふか切望せつぼうがあった。かみからはなれたのをかんじたが、理由りゆうからなかった。

それから、ある十三じゅうさんさいごろのときわたし部屋へやゆかすわっていて、たまたま押入おしいれのいていた。て、あそこで、ゆかで、押入おしいれのうしろで、ちいさいほんつけた。んで、とうとうかった。

かみはよくて、純粋じゅんすいで、神聖しんせいただしい。しかしひと罪深つみぶかい。つみ人々ひとびとかみける。しかし、かみ私達わたしたち大変たいへんあいするから、完璧かんぺきつみがないの息子むすこのイエスをよこした。イエスは十字架じゅうじか私達わたしたちつみ代金だいきんはらったから、私達わたしたちかみ仲直なかなおりすることが出来できる。

「イエス、わたしつみゆるしてください」といのった。「わたし人生じんせいしゅになってください。」

あのすべてがわった。イエスはわたしつみのぞいて、聖霊せいれいをくれて、わたしこころかれあいたした。いまわたしかみとのしたしい関係かんけいがあって、キリスト・イエスに永遠えいえん希望きぼうがある。毎日まいにちわたし救済きゅうさい感謝かんしゃしている。

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— C.S. Lewis
The Weight of Glory and Other Addresses